きょうも暑い。37度を超したきのうに比べれば、今日はまだましかもしれないが、32-34度でもやっぱり暑い。
標高500メートルの山あいに住んでいるにもかかわらず、である。この地域は昭和40年代に「避暑地」として開発されたそうで、付近には企業の保養施設も何軒かあるが、こんな夏が続くのであれば、「避暑地」の看板を降ろさなければならないだろう。
古いアルバムをみていたら、食事用の椅子に座った私と3歳違いの姉がいっしょに写っている写真があった。
写真の横には、亡き父の添え書きで「昭和32年8月。今年最高の気温を記録」とある。
昭和32年8月の神戸の最高気温はどれくらいあったのか、とネットで調べたら(なんでもネットにあるもんだねぇ)
たった31.1度 だった! 最高、というにはあまりにもショボい数字である。
31.1度ですでにおでこにベビーパウダー(当時はてんかふん、といった)を塗りたくられているのだから、今だとどうなることか・・・
写真の私は食事用の椅子に座っているが、やっとことばを発するようになったときから、私はこの椅子に座りながら、姉に向かって、
「レコーロ!!」(レコードの意味)と指図していたらしい。
もちろん、記憶にはなく、あとで父母が何回となく笑いながら話していたのでまるで実体験のような気がする。
「ゆめちゃんは、レコードが好きでねぇ、けど、レコードをかけてくれ、とは言われへんもんやからレコーロ、レコーロ!!いうねん。そしたらまるちゃんが、はいはい、ゆうてかけてあげんねん。
一回終わったら、またレコーロ!や
そしたら、まるちゃんはまたかけてあげるんや。ほんまにまるちゃんは、ええお姉ちゃんや~」
両親の意見に異論はない。
けれど、当時すでにテレビがあったにもかかわらず、1-2歳にしかでない私は何をそんなに聴きたがったのであろう??
不思議だ。