ハノンでなぜ移調?
ハノンには、
これらのエチュードを半音ずつ上げて、あらゆる調に移して練習するとよい。
という訓示?めいたものが書いてある。私はこれを最初、即座に移調できる、というスキルを磨くものだと思っていた。移調が苦手な私は、この訓示をまともに受け、ハノンの1番から31番をすべての調で弾くことを、けっこう長いあいだ自分に課していた。
1番から31番をハ長調で弾くのは一番簡単だ。四分音符=100の速さで1番から31番を繰り返し記号を無視して弾くと、約26分かかる。
ところが、フラットやシャープの数が多くなればなるほど、弾きにくくなり、ミスタッチも多くなる。
ミスタッチを避けるにはゆっくり弾くほかないので、たとえば変ト長調で1番から31番をひくと35分ぐらいかかってしまい、このころにはもう指の練習にはあきあきしてしまうのが常だった。
なぜ移調スキルを改善したかったか?
私がクラブやラウンジなどでピアノを弾いていた頃、若い人には信じられないかもしれないが、カラオケはまだそんなに普及していなかった。
したがって、ピアノの伴奏にあわせて歌いたい、というお客さんも少なからずいたし、そういうのが専門の店もあった。だからピアニストは歌うお客さんのキーにあわせて、即座に移調ができないといけなかった。これは本当にむずかしい。
私は基本的に歌伴はやらなかったが(できなかった)、一度「サントワマミー」を歌いたいというお客さんの伴奏をして、ヒドい出来になったのだ。それ以来、移調は私のトラウマになっている。
「日替わり移調ハノン」を考えた
さて、1番から31番までを「きょうの調」を決めてひくやり方は時間がかかりすぎたので、私は別の方法を考えた。
すなわち、きょうが9月4日とする。するとハノンの4番を選び、ハ長調から弾いて半音ずつ上げていく。そうすると全部の調で弾いても、約10分ほどしかかからない。日付とハノンの番号をあわせるのも、便利だ。
「きょうは何番を弾くのだっけ? 何調の練習をするのだっけ?」
と迷うこともない。この方法は私にしては結構長く続いた。
私の移調スキルは向上したか?
しかし、ハノンを全調で弾けるようになっても、私の移調スキルはそれほど向上しなかった。
例えば、好きなポップスを耳コピするとき、歌手はEやAのキーで歌っていることも多いのだが、私はできればシャープ系の調では弾きたくない。フラット系のほうがずっと弾きやすいのだ(なぜかわからないが、ジャズ系のひとはみなこうだ、とジャズピアノの先生もいっていた)。
そしてそれが即座に移調できるかというとそんなことはまったくない。あいからわず、間違いまくって諦めてメモをとることも多い。
クラシックピアノに移調は必要か?
そこで考えた。ハノンの移調はたぶん、白鍵と黒鍵との距離感をからだで学ぶために必要なのであって、移調のスキルとは関係ないのではないか? それにクラシックピアノで移調が必要になることってあるのか? ひょっとしてほとんどないのでは??
専門家の先生によると、また違った見解がでてくるのだろうが、少なくとも私の経験では、クラシックピアノと移調は切り離して考えたほうが賢明なようである。ということもあって、「日替わり移調ハノン」は私から忘れられた練習メニューとなってしまったのである。