
1961年の黒澤明監督映画「用心棒」
「荒野の用心棒」は黒澤の「用心棒」の完全リメイク
世の中連休中というのにどこへも行くところのない私たちは映画三昧である。
きょうは何の話からそうなったのか、クリント・イーストウッド主演の「荒野の用心棒」を私が見たことがないというと、イーストウッド主演作品なら何度観てもいい、という夫ちゃんが、自分のコレクションから「荒野の用心棒」を探し出してきた。
ということは日本語字幕がないのである。
とりあえず英語字幕をだしてもらって、私はずっと英語字幕を読むハメになった。
ああ、疲れた。
しかし「荒野の用心棒」は黒澤明監督の「用心棒」のリメイクだから、筋がわからなくなることはなかったのが良かった。
というより、「荒野の用心棒」をみながら黒澤の「用心棒」を思い出したというべきか。
ほんとにこの映画、なにからなにまでそっくりなのだ。
どちらも埃っぽいさびれた町でのちんぴらたちの抗争。
その町に金を求めてやってくる流れ者の男、つまり三船敏郎かイーストウッド。
抗争での死者が多いため、儲かってウハウハの棺桶屋もでてくる。
敵方の男の妾にされ、夫や子どもと引き離される美貌の女。
その女を助け、一家で逃げるように手を貸してやる主人公の流れ者、つまり三船かイーストウッド。
最後は流れ者の男と敵方のボスが一対一の勝負となり、日本版は三船敏郎と仲代達也の勝負なのだが、イタリア版のほうはイーストウッドと、誰かは知らない。
とにかく三船、もしくはイーストウッドが勝ち、この町におさらばして終わり。
黒澤映画が聞き取りにくい
観終わってから夫ちゃんが、
「日本版の用心棒はよくわからなかったんだ」
と言った。
へぇ~
しゃべるのも読むのも書くのも日本人と変わらないのに、やっぱり時代劇って外国人には聞きにくいんだ、と思ったのだが・・・
あれれ。
思い出した。
実は私もそうなのだ。
時代劇というか、昔の日本映画、特に黒澤映画は俳優が何を言っているかよくわからないため、日本語字幕を出してみていたのだ。
これって私の耳が悪いのか?
それとも三船が早口、もしくは滑舌が悪いのか?
気になって調べたら、私だけでなく、昔の日本映画、特に黒澤映画は聞き取りにくい、と書いているかたがいらっしゃった。
原因はというと、市販の映画のDVDやブルーレイは、映画館やホームシアターなどに適している5.1chのデジタルサラウンド版が収録されている。
ところがTVのスピーカーは2chであるため、聞いた場合違和感があるそうだ。
その他、音響技術的なことで別意見を述べているひともいた。
ということは私の耳が格別悪いわけではなさそうだ。
ああ、よかった。
しかし当時の録音技術に問題があるのなら、画質だけでなく音も聞き取りやすい音に改善してほしいのだが、それって難しい技術なのだろうか?
英語字幕のほうがわかりやすい?
またいくら日本語に堪能な夫ちゃんでも時代物はやはり理解しにくいだろう。
「拙者」とか「それがし」とかを彼が知っているとは思えない。
またやくざ者の発音のしかたとして、私の耳には全部がつながっているように聞こえるときもある。
「だからいわねぇこっちゃねぇ」
という三船のセリフはかろうじて理解できるが、関西人はふつう「いわねぇ」とか「こっちゃねぇ」とか言わないものだから、「え? 今なにゆーたん?」(今何といったか、の意)となってしまう。
これでは英語字幕のほうがわかりやすいという日本人もこれから増えそうな気がする。