
音楽を職業に選ばなかったジャズ師の次女
私のジャズピアノの師の奥様はジャズボーカリストである。
ジャズピアニストである師とのあいだにはお嬢さんがお二人。
長女さんはクラシックの声楽家で、CDも出され、コンサートも精力的に行われている。
インタビュー記事を読むと、
「両親ともにジャズミュージシャンなので、音楽はつねに家のなかにありました」
とある。
また長女さんの夫、師にとってはお婿さんにあたるかたは管楽器奏者である。
ジャンルはもともとはクラシックだそうだが、それだけでは食べてはいけないので、いろんな歌手のバックもやっているそうだ。
なので長女さんのお話は師から常日頃伺っている。
しかし次女さんのお話は聞いたことがなかった。
それで先日、世間話のついでに、
「次女さんは音楽をされないんですか?」
と聞いてみた。
すると、師は、
「あの子はなぁ、ものすごい才能はあってんけどなぁ。ベートーヴェンの悲愴を耳コピで弾くとか、ギターを勝手に弾くとか。
そやけどやっぱりお姉ちゃんが輝きすぎたんやろな。音楽の道は結局選ばんかった。今はグラフィックデザイナーになっている」
ということだった。
へぇ、そういうこともあるのか。
才能をもった兄弟姉妹がいると、のこりの兄弟姉妹は同じ道を歩むことを避けてしまうとか・・・
「けど次女もなんかのきっかけで音楽に戻ってきてくれるかもしれん。別にそれが職業にならんでもええし」
という師は、どことなく次女さんにも音楽を続けてほしそうな雰囲気が全身から漂っていた。
先生の娘さんは画家志望
かたやクラシックピアノの先生のお嬢さんは小学生。
ピアノは先生であるお母さんから習っている。
ところが音楽への興味はいまひとつらしい。
ご本人の夢は画家になることだそうだ。
先生自身も「美術のほうに才能があるみたい」と言っていた。
先生のコンサートの受付には、彼女が作った紙細工のグランドピアノが飾られていたが、これが本当によくできているのだ。
「お母さんがピアノで輝きすぎているから、別の分野にいこうとしているじゃないですか? アルゲリッチと一緒ですよ!」
と私がいうと、先生は
「いやいや」
と首を振りながらもまんざらでもなさそうだった。
アルゲリッチと3人の娘たち
アルゲリッチの娘は3人いるが、それぞれピアニストにはなっていない。
長女はリダ・チェン(ヴィオラ奏者)、次女はアニー・デュトワ(教育者、舞台俳優)、3女はステファニー・アルゲリッチ(映像作家、写真家)。
彼女たちのことはずいぶん前にみた、ステファニーがつくったドキュメンタリー映画「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」で知った。
ずいぶん前にみたのでこまかいところまでは正確に覚えていないのだが、たしか長女のリダがピアノを選ばないという選択をしたのは、誰か(?)に「どうせ、お母さんにはかなわないのだから」と言われたことも一因だったように思う。
私は「なるほどなぁ」と感心したものだ。
リダはそのあと、「(母は)美人だし」と続けていた。
そうだね、美人で超一流のピアニストが母親だったら、子どもはやっぱり萎縮してしまうかもしれない。
よってピアニストの子どもがピアニストになるか?というとYes でもありNo。
豊かな才能を受け継いで同じ道を歩くというのもありだろうが、親ができすぎていると反発、あるいは敬遠してしまうというのもあるかもしれない。
「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」の予告編
↓は「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」の予告編。
ところで私はアルゲリッチが母国語であるはずのスペイン語で話しているのを聞いたことがない。
彼女の3女も「母はほとんどスペイン語を話さない」と言っていた。
どうしてなのだろう?