私が弾くバラードは平凡らしい
先日のジャズピアノのレッスンでのこと。
ただいまは3月末にあるアンサンブル練習会に出す曲、2曲を練習しているのだが、そのうちの1曲は「You go to my head」というバラードである。
歌詞の大意は、
「あなたのことがどうしても諦めきれない。
まるでシャンペングラスの泡が立ち昇ってくるように
あなたへの想いが絶えず私の心に浮かぶ。
ときおり、ひょっとして想いは叶うかもしれない、
と思うことがあるの。
でも、そんなことがあるわけないわよね
私ってバカだわ」
という、いわば片思いの切ない女(男?)心である。
私の1回目の演奏を聞いた師は、
「もうできあがってるけどな。
なんか足らへんねん。
なんか平凡やねん。」
と言い、私に範を示すべく、譲られたピアノの席に腰を据え、弾き始めた。
「どうする!どうする!」は娘義太夫の掛け声
「最初は深い海の上に、音だけが浮かびあがってくるやろ?」
そう、出だしはひっそりと、囁くように。
「それからサビにむかって、最初のフレーズで、観客にも自分にも問うように、
『どうする、どうする』、それから次のフレーズで、『どうする、どうする』。
次のフレーズが最高のヤマ場や!」
コード譜上で示すと下のようになる。
つまり、ファファファドー (どうする、どうする!)
#ファ#ファ#ファドー (どうする、どうする!)
bシ ソ bミ ド bミ ソ ドー (どうする、どうする!)
で、次のレレレレレレ レレレレレレのヤマ場が活きるわけ。
ところが、私はあろうことか、師の2回目の「どうする、どうする!」で吹き出してしまった。
娘義太夫が語りの佳境にはいったとき、ファンの男性観客から「どうする、どうする!」という掛け声がかかるのを連想したからである。
笑いでせきこみながら、
「それって娘義太夫といっしょですよね?」
と言うと、師は、
「そらちょっと古いな。それやと明治時代やんか」
と言って苦笑いをしていた。
娘義太夫を知った宮尾登美子の「櫂」
いくら何でも私だって明治時代の娘義太夫を知っているわけではない。
ただ、いくつかの読み物で「こんなんやったんかなぁ」という想像するだけである。
でもこの記事を書く前に一応、YouTubeをあたってみた。
娘義太夫の語りに、男性ファンの「どうする!どうする!」という掛け声がかかっているのを探したのだ。
でも残念ながらみつからなかった・・・
せいぜい、1970年代、当時のトップアイドルだった天地真理が、
「ひとりじゃないって~」
と歌うと、怒号のような男性ファンが
「真理ちゃん!」
と叫んだことから連想するだけである。
もうひとつ、忘れられないのが、宮尾登美子氏の自伝的小説「櫂」。
これには芸者斡旋業を営む妻子ある男に半ば無理やり、子どもを産まされた娘義太夫が出てくる。
モデルは宮尾氏の実母らしい。
今はもう、その小説が手元にないので詳しく正確に書くことはできないが、男と娘義太夫の関係は「不倫」のような生易しいものではなく、現代でいう「性暴力」に近いものだったように記憶している。
いわば芸能事務所の社長が、自らの優位性を盾に、アイドルを襲ったのと同じである。
明治~大正時代、娘義太夫は爆発的な人気を誇ったらしいが、そういうダークサイドもあったのだね。
それを思うと現代に生きてよかった、とつくづく思うのだが、どうも話が脱線してしまった。
要は、娘義太夫の盛り上げ方にならって、佳境、つまりサビにはいるときは、少しずつ小出しで、自分にも観客にも問いかけるように、徐々に盛り上げていく『あ・うん』の呼吸を学ばなければならない、ということなんだけどね。
ダイアン・ハブカが歌う「You go to my head」