教師とろうあ者の美しい恋愛映画
1986年のアメリカ映画の邦題「愛は静けさの中に」のタイトルだけを聞けば、3流メロドラマにしか思われない。
原題は「Children of a Lesser God」というそうだ。
直訳すると劣った?重要でない?神様が創造した子どもたち? (lesser をどう訳していいかわらかん)。
ちなみに仏語訳は「Les enfants du silence」だから直訳すると「沈黙の子どもたち」になるかしら?
そうすると、ちょっと話の筋が見えてくる気がする。
この映画はもともとは戯曲だったそうで、その邦題は「小さき神の作りし子ら」であるらしく、こうなると文語調のせいか格調高い。
映画そのものも、もうちょっと工夫すれば重いシリアスな感じに仕上がっただろうが、製作者にはその意図はなかったのだろう。
ろう学校の新任男性教師と、美しいろうあ女性との恋愛映画で、観ている私たちは、二人がさまざまな困難な問題を乗り越えて、幸せになることを願わずにはいられない。
こういっちゃなんだが、意外に見て損はない映画だった。
ジェームズが心惹かれたろうあ女性は美人だったから?
どういういきさつがあったが不明だが、かつては有名進学校で教鞭をとったことのあるのに、田舎のろう学校に教師としてやってきたジェームズが主人公。
着任早々、彼は学校のトイレ掃除係をしている美しい、しかし頑なに心を閉ざしているろうあ者のサラに心を奪われる。
しかしサラは傷つくことを恐れて容易に心を開こうとはしない。
が、なんとかしてキミの助けになりたい、というジェームズの熱意が彼女の氷の心を溶かし、二人は一緒に暮らし始める。
しかしなぁ。ちょっとひっかかるなぁ。
サラがこれほど若く美しくなければ、ジェームズは彼女にこれほど惹かれただろうか?
それにトイレ掃除が仕事でも、彼女は学校で働いている職員でしょ?
ちょっと展開が早すぎはしないか?
ひょっとしてこのジェームズという先生、以前に女性関係で問題でも起こした?
なんか信用できないなぁ。
主演女優マーリー・マトリンの魅力
私は手話については何も知識がないせいか、手話というのは皇室の女性がときおり披露されるように、優雅に手を開いたり閉じたりするものだと思っていた。
ところが映画のなかの聴覚障害者の手話は、すさまじいスピードで、そのイキの良さにみとれてしまった。
サラがジェームズに、「もっと手話のスピードをあげなければダメだ」と言う場面があるが、彼女の手話は、まるで両手がカラダから独立して生きているかのように躍動する。
そしてサラを演じるマーリー・マトリンの美貌もあいまって、「まあ、こんなに美人ならコロっといかれるのも仕方がないかな~」と思うくらいなんとも魅力的だ。
ステキな女優さんだなぁ~と思ってみていたのだが、あとで調べてみて驚いた。
彼女はこの映画でアカデミー主演女優賞に輝き、他にも数多くの賞を受賞している著名な女優さんで、しかもホンモノの聴覚障碍者なのだ!
知らなかった・・・
バッハ:2つのバイオリンのための協奏曲 BWV1043 第2楽章
サラへの接近が早すぎて、ジェームズという主人公はあまり好きになれなかったのだが、ひとつだけよい点をあげられるとすれば、彼はバッハの愛好者であるということだ。
サラと暮らし始めてからしばらくたってから、彼はまったくバッハを聴くヒマがなくなったことを残念に思い、20分だけ音楽を聴かせてくれとサラに頼む。
しかし同じ趣味を共有できないことから、もはや彼は音楽を以前のように楽しむことができない。
いやあ。むずかしいな、このあたりは。
ちょっとジェームズ君に同情する。
そんな彼にサラは「音楽とは何かを見せて」と頼む。
すると彼は、バッハの「2つのバイオリンのための協奏曲 BWV1043 第2楽章」を聞きながら、パントマイムをしているかのように、音楽を表現するのだ。
うん!この場面はとてもいい!
まさに「天上から聞こえてくるもの」を表現しているようで、これだけで彼のことも悪い人じゃない、と思えてきたから不思議だ。