ピアノ練習中は雑念だらけ
みんな、ピアノを弾いているときは何を考えているのだろう?
これは私にとって常に答えのでない疑問である。
というのも私はピアノを弾いているとき、特に練習中、しょっちゅう雑念にさいなまれているからである。
よからぬ考えが、それも実にとるに足らない考えが、しかし恐ろしいほどの速度で脳裏をかすめる。
例えば・・・
- 昔勤めていた会社の後輩(当時20代女性)で、石破さんのファンがいたよなぁ。
- 私は彼女に、「変わった趣味をしてるね」と言ったと思うが、彼女は気を悪くしたのかどうだったのか、もう忘れたなぁ~
- しかし彼女は石破さんのどこに惹かれたのだろう? 石破さんの喋り方が苦手だと言うひとは多いのに。
- でも、石破さんの喋り方は日本語を習っている外国人にはわかりやすいよな、ゆっくりではっきりしてて、ちょっともっちゃりしすぎだけど。
これぐらいのことを1秒足らずでパッと思い浮かべたと思ったら、指は鍵盤上で転倒している。
反対に無心で弾けたときは(そういうときはあまりないが)、だいたい結果はよい。
だから私にとってステージでの出来は、いかに心を無にし、平常心を保ちつつ自分の音に耳を傾け、最後まで気を抜かずに突っ走ることができるか、にかかっていると思う。
もはや精神論の領域である。
私のピアノはスキー競技の大回転みたいなもの
私はスキーはほとんどできないくせに、ピアノを弾いているときにいちばん思い出すのは、スキー競技の大回転というやつである。
よく知らないが、旗みたいなものがたてられているでしょ。
あれを倒さないようにくねくねと滑降し、最後の直線コースになるとほとんどガッツポーズでゴールにかけこむというもの。
発表会やコンクールでピアノを弾いているときの私はまさにあの心境である。
指がころびそうな難所が多数、私を待ち受けており、私はそれをひやひやもので潜り抜けている。
通過しながら
「難関1を通過! 難関2もOK!
あ~早く終わらないかなぁ
がんばれ! ゴールはもう少しだ!」
と自分を励ます。
しかし大抵は途中で、旗を踏んづけてしまうか、曲がり切れなくて転倒。
泣きそうになりながら何とか体裁だけはつくろって、とりあえずゴールに到達。
いったい、こんなヒヤヒヤ、心臓に悪いことをどうして自分からすすんでやっているのだろう?
コンクールだって発表会でさえ先生から勧められたことはないのに。
私はマゾなんだろうか?
反して他のクラシック愛好ピアノ学習者は演奏中、作曲者に対する愛と尊敬の念に酔いしれて甘美なひとときを過ごしているのだろうか?
季節は確実に秋になった
きょうは一日中天気が悪く、小雨が降ったりやんだりだった。
私の家のアップライトピアノの頭上には小窓がある。
夏の間はピアノが日に焼けそうなので、小窓のブラインドを上げることはなかった。
しかしこんなうっとおしい天気だと日も射さない。
だからブラインドを上げて、すっかり秋の風情となった樹木を眺めながら、ひたすら無心になることを心掛けてピアノを弾いた。
こうして弾いていると、前かがみにならないから姿勢にもいいしね。
一時はもう秋なんかこないのかなぁと思ったことさえあったけれど、やっぱり季節は巡ってきてくれたんだね。
よかった!