夢でささやくピアノ

クラシックピアノとジャズピアノの両立を目指す、65歳ゆめこの迷走記録

仏語圏最大の都市はキンシャサ?

 

キンシャサ、仏語圏最大の都市

先日、「ブルース・リウさんのフランス語インタビュー」を記事にしたとき、書かなかったことの一つに、ブルースさんが、「モントリオールはパリに次いで、2番目のフランス語圏都市だし」という趣旨の発言をしたことがある。

これを見たフランス語のムッシュー先生が、「これは間違いだ! パリに次ぐ、フランス語圏の都市はキンシャサだ!」と叫んだのだ。

私はそのとき、ふーん、と思っただけだが、後日調べてみてびっくりした。

なんとパリの人口は12,532,901人(2020年調べ)。キンシャサは14,970,000人、モントリオールは4,098,927人(2016年調べ)だから、統計のタイムラグを考慮するとしても、仏語圏最大の都市はパリではなく、キンシャサではないだろうか!?(もちろん、キンシャサコンゴにはローカル言語があるけどね)

アフリカ訛を習得した駐日ザイール大使館時代

キンシャサコンゴ民主共和国の首都だ。

コンゴ民主共和国はベルギーからの独立を経て、1997年、ザイール共和国から現在の国名になった。

つまり1997年まではキンシャサは、ザイール共和国の首都だったということになる。

私がフランスから帰国後、すぐに就職したのは当時、原宿にあった駐日ザイール大使館だった。

2年ほどのカオスに満ちた職員生活の思い出を、いつか記すこともあることもあるかもしれないが、まず思い出すのは、まだパソコンが普及していなかった時代だから、タイプライターで読みにくい手書きの原稿を清書していたのだが、修正テープで真っ白、あるいはミスタイプが多すぎて、よく叱られた。

さらに困ったことは、私のフランス語はアフリカ化し、いわば無意識のうちに、アフリカ訛のフランス語を習得してしまったことである。

フランス人は、フランスで話されるフランス語しか、フランス語と認めない人も多いので、東京で知り合ったフランス人には驚かれるし、ボーイフレンド=現夫もお気に召さなかったらしく、「パリからの帰りにキンシャサに寄ったのか?」と皮肉をいわれる始末だった。

このアフリカ訛が抜けるまで約10年はかかっただろうか。あと、主にベルギーで使われるようなフランス語、そして表現なども、当時は普通に使っていたが、今ではすっかり忘れてしまった。メモを残しておけばよかったと後悔するが、後の祭りである。

パパ・ウェンバで踊ろう!

駐日ザイール大使館に勤めて本当に良かった、と思えるのは何といってもパパ・ウェンバ(Papa Wemba 1949-2016)のライブを東京のブルーノートで、無料で観られたことである。

パパ・ウェンバは、コンゴのポップスとロックを融合させたルンバ・ロックの生みの親で、「コンゴ・ルンバの王」と呼ばれた。1990年代以降はヨーロッパ、特にパリで活躍していたようだ。

彼の音楽は、ひとことで言えば、ガールズコーラスが華を添えることが多く、踊りだしたくなるノリのよい音楽で、その音域の広い歌唱力はちょっと例えようがない。

またコンゴの人たちは着飾るのが好きで、パパ・ウェンバはこうした人たちのファッションリーダーでもあったようだ。彼のsape(サップ:めかしこむこと)ぶりがわかる動画を下にご紹介する。

ああ、キンシャサ

たぶん21世紀の後半には、世界中の人が訪れる、ダイナミックで魅力ある都市になっているのではないだろうか。

 

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