バイデン大統領の言い間違いで思い出した映画
バイデン大統領の言い間違いが話題になっている。
「ゼレンスキー大統領」を「プーチン」とか、「ハリス副大統領」を「トランプ副大統領」とか。
その理由はメディアでは、もっぱらバイデン大統領の年齢と認知能力のせいとされているようだ。
しかしふと、私はこのうっかり(?)からくる言い間違いによってとんでもない運命に翻弄された女性が主人公の映画を思い出した。
フランス・ヌーベルバーグの旗手、エリック・ロメール監督による「冬物語」である。
エリック・ロメールと言えば、フランス好き以外のかたにはあまり知られていない監督だろう。
日本人のイメージからすれば、いわゆるフランス映画そのものといった映画を撮る監督で、登場人物はひたすらしゃべりまくる会話劇がほとんどなのだ。
でも私は大好きで、たぶんほとんどの映画を観ているが、そのなかでも「冬物語」が大好きで、DVDもトランスクリプションももっている。
そのわりには今回のバイデン大統領のことがなければほとんど忘れていたのであるが・・・
「冬物語」とはどんな映画か?
「冬物語」の主人公はフェリシーというシングルマザーで、職業は美容師。
なぜシングルマザーになったかというと、5年前のバカンスで運命的な出会いを果たした料理人シャルルからの連絡がバカンス以降、途絶えたからである。
しかしそれはシャルルのせいではなかった。
フェリシーは別れ際に彼に自分の連絡先住所を教えたのが、言い間違って間違った住所を教えてしまったからである。
道行く人にシャルルに似た人がいればそのあとをつけてしまうというフェリシー。
彼のことが忘れられないのに、美容師のマクサン、図書館司書のロイックからも求愛され、フェリシーの心は二転三転する。
ところがシェイクスピア劇の「冬物語」をみたフェリシーは、その奇跡と再生の物語に啓示を受けたように感じ、シャルルとの再会を希望として生きる決心を固める。
そして12月31日、パリのバスのなかで奇跡は起こる・・・
このシーン、何度見ても私は涙ぐんでしまう。
あほやなぁ、とは思うのだが。
言い間違いはアタマが悪いせいではない
言い間違いはこの映画の主題ではなく、いわば小道具みたいなものだ。
しかし連絡先をライン交換で行う現代では考えられないすれ違いが、1990年代にはまだ起こりえたというのが面白い。
フェリシーは自分の住所、Levallois (ルヴァロワ)を Courbevoie (クルブヴォワ)と言い間違い、メモにもそう書いてしまう。
そしてその間違いに気づくのは、6か月後、妊娠していることがわかり、役所で出産のために書類を書き込んでいるときに気づいたのだ。
なんたるそそっかしさ!
しかもフェリシーはこういったun lapsus (言い間違い)をしばしば起こすのだと言う。
彼女は「フランス語さえ正しく喋れない」と自嘲気味に言うこともあるが、バカではない。
その証拠にインテリのロイックが驚嘆するほど、哲学的な思考を口にすることもあるのだ。
便利なフランス語表現
もうひとつ不思議に思うことは、ではシャルルはなぜ自分の連絡先を教えなかったのか?
それはレストランの働き口オファーが複数あり、行ってみてから決めるとしていたからである。
それにフェリシーは彼の苗字も知らなかった!
さすがに苗字が大事な日本ではこれは起こらないだろう。
このようにトラブルの顛末を説明するとき、フェリシーはこういう。
「Pourquoi? C'est comme ça!」
正確に訳するのはむずかしいが、
「どうしてかって? こうなんだからしょうがないでしょ」
と言ったところか。
自分を正当化したいときに便利な表現ではないだろうか?