姿勢にうるさいジャズピアノの先生
子どものときから通算すると私は計6人の先生にピアノを習ったことになる。そのうちの2人はジャズピアノの先生だが、思いもかけずこの2人目の先生からピアノを弾く姿勢について、口やかましく指導を受けることになった。
しかしこれは思いもかけなかったことだった。ふつうピアノを弾く姿勢、つまり指、腕、肘の位置がどうのこうの、とか椅子の高さとか、細かいことについてはクラシックピアノの先生のほうがうるさそうである。反してジャズは即興演奏であるから、指が寝ていようと、肩が怒っていようと、猫背であろうと、なんでもOKな気がする。音だってそうだ。みな、モーツァルトはきれいな澄んだ音で弾かないといけないというが、ジャズでは濁って汚い音さえ、効果のひとつと考えられなくもない。
背もたれにもたれて弾く練習方法
あるときは、椅子の背もたれにもたれて弾くことを先生から提案された。なるほどレッスン室の椅子はトムソン式の椅子なので、そういった練習も可能である。しかしわが家のピアノの椅子はベンチ式で背もたれはない。それを先生にいうと、
「背もたれがある椅子なんて、なんかあるやろ?家に」
と言われたが、ミニマリスト2人のわが家には、椅子といえばダイニングの椅子と夫が使っているパソコン用の椅子しかない。私がパソコン机で作業をするときはダイニング用の椅子を代用しているぐらいなのだ。
そこでダイニング用の椅子の背にもたれてピアノを弾いてみたが、もうこれはお話にならないくらい後ろにひっくり返った感じだ。この練習方法はすぐに却下。だからと言ってわざわざトムソン式の椅子を買う気にもなれない。何度も言うが、私は筋金入りのミニマリストでモノが増えるのが大嫌いなのだ。
手元を見ないで弾く練習方法
私に椅子を買わせることを諦めた先生は、こんどは手元をみずに顔を上げて弾くことを勧めた。
「それぐらいできるやろ?目のみえへんひとかって弾けるんやから」
そりゃそうだ。しかし私はアドリブを弾くとき、鍵盤を見ながら考える。「この音の次はこの音を押さえたらフレーズとしてつながるかな?」と考えながら(疑いながら)弾いているのだ。すると先生は、
「えーー! そんなんで弾いてんの?唄は自分の心にあるんとちゃうの?」
私のほうがびっくりである。先生にとって、メロディーとはアタマとかハートにあるものらしい。どうやらアドリブができるできないかは、メロディーがアタマとハートにあるかにかかっているらしいのだ!
試しに手元をみず、ピアノの向こう、数メートル先にあるドアを見つめながら1コーラスを弾いたが、先生には「ええ音でてるわ、全然ちがうわ!」と大絶賛だった。私もあとで録音したのを聞いたのだが、本当に音色の深さが違った。まさに目からウロコだった。
坂本龍一氏も認めている
小学生のころ、グレン・グールドに夢中になった坂本龍一氏は彼の真似をして、猫背の姿勢で弾いていた時もあったようだ。ところが以下の記事では、猫背が悪いとまでは言ってはいないが、「背筋を伸ばして上から腕を伸ばしているほうがバン!と大きい音を鳴らしやすくなります」と言っている。そして猫背は腰痛を招く要因にもなりそうだ。
グレン・グールドとビル・エヴァンスという猫背の天才ピアニスト
「顔を上げて弾こう」説に私がなかなか改宗できなかったのは、ひとえにクラシックピアノではグレン・グールド、そしてジャズではビル・エヴァンスという猫背で弾く天才ピアニストたちの存在があったからだろう。
しかしこの人たちは天才である。しかもグレン・グールドは享年50歳、ビル・エヴァンス51歳没で現代から考えると早死と言ってよい。ふたりとも高齢にともなう一般的な肩こりや腰痛に悩む前に、ドラッグの影響や、飲みすぎた治療薬が原因で亡くなっている。やはり凡人はマネをせぬほうが賢明ではないだろうか。