青柳いづみこ氏「ピアニストは指先で考える」
以前から読んでみたいと思っていた、ピアニストの青柳いづみこ氏の著書、「ピアニストは指先で考える」を図書館で借りてきて今読んでいるところ。
青柳いづみこ氏はピアノと文筆業の二刀流で著名な方で、ピアノではドビュッシー弾き、文筆業では著書の数も多く、祖父は高名な仏文学者で自らもフランスで学ばれたという、私が後光を拝みたいようなかたである。
ところが「ピアニストは指先で考える」では前半、はやくも私には難解なところにぶちあたった。
指がさかだちすることってあるのか?
氏が提唱するトレーニングのひとつに「さかだち体操」というのがあるらしい。
「さかだち体操」を説明した文章を一部、以下に抜粋する。
椅子に座ってもらい、ピアノの蓋を閉めてその上で指をさかだちさせる。最初は右手の小指(a)。先端を蓋の上にのせ、肩から無理なく重さがかかり、肘や手首に余計な力がはいっていないかどうかをたしかめながら、ゆらゆら振ってみる。このとき、ほとんどの人は、根本の関節で重さを支えきれなくて、指があちこちお散歩に行ってしまう。
これには下記のイラストも添えられている。
私もやってみたが、別に指が「お散歩する」ことはない。
とすると、私が理解している「さかだち」の意味と、青柳いづみこ氏の「さかだち」の意味とは違うのではなかろうか?
私にとって「さかだち」とは、あくまで体育の時間にやっていた「倒立」であって、指にはこの言葉は使わない。
そうすると、青柳いづみこ氏はフランス語に堪能であることから、なにかこう、フランス語の語源からきている意味が含まれているのではないだろうか?
というわけで、私はわが家のフランス語ネイティヴである夫ちゃんに聞いてみた。
「さかだちをする」のフランス語を聞いたのがはじまり
「ねえ、さかだちをするってフランス語でどういうの?」
彼が「意味がわからない」というので、私は壁に向かって倒立をするマネだけした。
「ああ、faire le poirier」
あら、私はまた、relever とか redresser とかの動詞を使うのかと思ったら全然違うやん。
「じゃあ、指を『さかだちさせる』ってどういうことだと思う?」
かれはこともなげに、
「普通、指は上に向けるでしょ。その反対だから下に向けることじゃないの?」
え? そういう解釈でいいの?
そしてイラストをみせると、
「なにこれ、簡単じゃん。簡単すぎるよ!
(彼はピアノはしないが、長年フルートをやっている)。
ほかに何かポイントがあるんじゃないの? 何のためのトレーニングなの?」
私が本をひっくり返して、「えーと、えーと」と口ごもっていると、
「意味もわからないで、やろうとしているの?
そんなのまったく効果ないでしょ、つまりは『指のコントロール』が目的じゃないの?」
(なんだ、私に聞かなくてもわかってるじゃん)。
そしてこの本が書いてあることは簡単すぎるから、もっと「さかだち」させた指の、他の指を曲げたり、伸ばしたりしないと意味がない、とか言い出した。
ああ、もうややこしい。
理屈、理論ではとうてい彼にはかなわないのだ。
聞くんじゃなかったよ。
YouTubeにのせてほしい「さかだち体操」
この「さかだち体操」については、ネットにも記事と写真が載っていたので、お借りして下に貼らせていただく。
ショパンを心ゆくまで歌いたい人へ(ムジカノーヴァ 2021年6月号) | ピアニスト・文筆家 青柳いづみこオフィシャルサイト
でもねぇ、現代人は動画などの映像に慣れすぎなのだ。
ことばによる説明や、ざっくりしたイラスト、解像度の低い写真ではよくわからんのだよ。
ああ、だれかYouTubeでやってくれないかなぁ。
しかし「指のさかだち」がわからない読解力のない私には、どうことばで表現したらわかったのか?
例えば、私が中高生だった昭和時代、体育系の部活では、うさぎ跳びはもちろん、腕立て伏せ、場合によっては指立て伏せもやらされたものである。
だから「指立て体操」だったらすぐ理解できたかもしれないんだけど。
これって言い訳なのか、負け犬の遠吠えなのか・・・