「ロビンとマリアン」は2大スターの共演
きょう観た1979年のアメリカ映画「ロビンとマリアン」(原題:Robin and Marian)は、だいぶ前、NHk BSで放映されたものを録画しておいたものだ。
録画後、鑑賞するまでに時間がたってしまったのは、ロビン・フッドってどの時代で、何をした人だったっけ、と興味が薄かったのと、主演俳優がショーン・コネリーとオードリー・ヘプバーンという20世紀を代表する俳優にかかわらず、それほど人気を博した映画という評判を聞いたことがない気がしたからである。
でも調べてみると、過去にはロビン・フッドを演じた俳優がケビン・コスナー、ラッセル・クロウといることだし、欧米人には人気がある伝説キャラクターなんだろう。
そして活躍した時代は源義経とほとんど同時代、12世紀であることがわかってビックリした。
そうなれば、義経がジンギスカンになったという説もあることだし、いろんなロビン・フッド説があっていいのも当然だろう。
でも「このエンディングってどうなんだろう?」と思ったのが、きょうの記事の趣旨である。
納得がいかないエンディングシーン
あんまりエンディングシーンに納得がいかなかったので、YouTubeでこのシーンを探して再度みてみた。
代官との一騎打ちを勝利したものの、瀕死の重傷を負ったロビン(ショーン・コネリー)。
恋人のマリアン(オードリー・ヘップバーン)は薬があるから、と彼を修道院の自室に連れていく。
傷は深いものの、
「まだまだ戦うぞ~」
と意気軒高なロビン。
対して、マリアンはなにやら不思議な飲み物を先に飲み、ロビンにも「傷の痛みが弱まるから」と勧める。
それを飲み干すロビン。
ところが数秒で、
「脚が冷たくなってきたぞ」
つまりマリアンがロビンに飲ませたのは、毒だったのだ!
これではまるで無理心中ではないか。
あまりに簡単な無理心中
無理心中という結末は私好みではないが、もっと問題なのは、そこに至る経緯が短すぎると思うのだ。
「どうしてこんなことをした?」
とうろたえるロビンに、マリアンは言う。
「あなたを愛しているの。子どもより、日の光より、朝の祈りより、静寂より、神様よりも愛しているの」
別にオードリー・ヘップバーンの渾身のセリフ回しにいちゃもんをつけているんではないよ。
でも彼女がいかに魅力的だとしても、1分もしないうちに、
「It's better this way」(こっちのほうがいい)
と、騙されて毒を飲まされた人間が言うだろうか。
「これでいいのだ」なんて、天才バガボンのパパじゃあるまいし。
ひょっとして大人のロミオとジュリエットのつもり?
でもあれはたしか、ジュリエットは死んでしまったと、ロミオが早とちりしたんだよね?
だからちょっとあてはまらないと思うのだ。
私好みではないが絶賛された映画
こんなことを思うのは私だけかもしれない。
なぜならWikiによると、この映画は
映画の評価は高く『ロビンとマリアン』はヘプバーンの才能にふさわしい最後の作品となったと評されている
ということになっている。
ふーん、心中がそんなにいいのかね。
私としてはそんなエンディングより、ロビンが「七人の侍」のように農民を守って討ち死するとか、戦いに倦んだロビンとマリアンが森を捨て、ともに新天地を目指すほうがよっぽど後味がいいのだが。